実家から、運転してマンションに寄ってみると、
今ジャケットの画を描いている配信コンピ・アルバムのデモ音源が沼尾さんからメールで届いてた。
帰りの車の中で早速、聞いてみる。
実際に音を聞くまでは、最終的な画のイメージを決められなかったけど、実は既にボンヤリ考えていた画のイメージと曲の雰囲気がそんなに離れている感じはしなかった。
後は、もう少し細かいところを詰めて、提出してみよう。
しかし、それにしても夕方の環八はトラックが多い。
井の頭通りから環八に出た瞬間、たぶんラジオ電波が混線し、
ホイットニー・ヒューストンの映画「ボディガード」の曲が、一瞬、車内のスピーカーから流れてきた。
トラックの運ちゃんが誰か聞いていたんだろうか。。
2011-01-29
2011-01-15
Mark Gonzales, "INVITATION"
起きて、適当にメールとか、仕事のデータとか整理してたら。。
有紀さんから教えてもらっていたMark Gonzalesの個展 "INVITATION"は今日が最終日!ということに気づき、急遽、白金のThe Last Galleryに。
Mark Gonzalesの画は高校の時からずっと好きでしたが、今回、ステンシルを使って描いた作品とかあったので、やはり実物の画を見に行って良かったです。
しかし、思ってたより人が多くてびっくりしました。。
有紀さんから教えてもらっていたMark Gonzalesの個展 "INVITATION"は今日が最終日!ということに気づき、急遽、白金のThe Last Galleryに。
Mark Gonzalesの画は高校の時からずっと好きでしたが、今回、ステンシルを使って描いた作品とかあったので、やはり実物の画を見に行って良かったです。
しかし、思ってたより人が多くてびっくりしました。。
2011-01-05
Walnut and Carp
祖父母の家の敷地内に、男の隠れ家的なちょっとした小屋があり、今度はその壁のペイントを考えたり、次の企画の整理をしたり、浜松にいる間は、ゆっくりと牧歌的な時間が流れていたのですが、一つだけ気がかりなことが。。
歩いて数分のところに、湧き水が出ていて、地元の人たちからは "観音さま"と呼ばれる空気がそこだけひんやりと変わるような神秘的な場所があります。
その湧き水が池を作り、中には鯉が何匹かいるのですが、かなり大きいものもいて、年々大きくなっていってるような気がします。しかも、人の影を見ると、エサが欲しいのか、足元にすぐ寄ってくるので。。
去年の夏、ここに来た時にちょっとエサをやってみたくなり、おばあちゃんの家でパンを探してみると、その時、くるみパンしか見つからず、若干、不安に思ったものの、家にあったかたまりを全て与えて戻ってきました。
今回、半年前のそのことをふと思い出し、妙にそわそわとした気分になりましたが、意を決しその場所へと通じる道を独りで歩いていってみると。。
。。鯉たちは無事でした。半年前と変わらなく、自分が池の淵に立つと何事もなかったのように近寄ってきました。しかも、大きかったやつがさらに大きくなっている。前の日に抱いたポメラニアンよりも確実にでかい。。
歩いて数分のところに、湧き水が出ていて、地元の人たちからは "観音さま"と呼ばれる空気がそこだけひんやりと変わるような神秘的な場所があります。
その湧き水が池を作り、中には鯉が何匹かいるのですが、かなり大きいものもいて、年々大きくなっていってるような気がします。しかも、人の影を見ると、エサが欲しいのか、足元にすぐ寄ってくるので。。
去年の夏、ここに来た時にちょっとエサをやってみたくなり、おばあちゃんの家でパンを探してみると、その時、くるみパンしか見つからず、若干、不安に思ったものの、家にあったかたまりを全て与えて戻ってきました。
今回、半年前のそのことをふと思い出し、妙にそわそわとした気分になりましたが、意を決しその場所へと通じる道を独りで歩いていってみると。。
。。鯉たちは無事でした。半年前と変わらなく、自分が池の淵に立つと何事もなかったのように近寄ってきました。しかも、大きかったやつがさらに大きくなっている。前の日に抱いたポメラニアンよりも確実にでかい。。
2011-01-04
2011
正月を祖父母の家がある浜松で過ごしています。
のんびりした環境で、普段出来ないことがいろいろ出来て、ガレージの扉をペイントしたり、物置に眠っていた廃材で家具を作ったり。
元旦は、おそらく小学生以来であろう、初日の出を見に、近くの根本山という山に父親と行って来ました。
小さい頃、初日の出は、朝早く起きなきゃいけないし、寒いし、一体何の意味があるんだろうと思っていましたが、日本神道や世界各地の先住民の本を読んだ時にある考えが。。
初日の出には、神道の風習で、一年の最初に昇る御来光、太陽の神様 天照大神を拝み、その年の幸福を祈願するという意味があるらしいのですが、これは、ネイティブアメリカンの自然の恵みへの感謝、インカ帝国やアステカ、古代エジプトでも太陽神を崇めていたことや、アニミズム文化と似ているんじゃないかいう気がしてきて、昔は今みたいにモノと情報が無く、自然が暮らしを左右する重要な存在というのは世界中で認識され、大切にされてきたのに、今ではすっかりそんな当たり前のことが。。
というわけで、そのありがたみをちゃんと確認してみようと、数十年ぶりに初日の出を拝みに行って来たわけです。
もはや、今の自分の暮らしは、意識してもしなくても大量の情報に埋もれ、翻弄されてしまっているので、少しでもシンプルにやりたいなと願い、スローに2011年がスタートしています。
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